十人十色の出産物語

屋久島の生活と子育てといろいろ

『出産は命がけだ!』

(がっちゃんの初めてのエコー写真☆)


お腹の中に命が宿り、日々その命を育み、この世に誕生するまで

母は自分の中にいる我が子を守るために精一杯だ。

そして。

出産して1年以上たった今も、まだまだ身体はなかなか戻らない。

おっぱいが垂れたり

尿もれしたり

まともに運動できなかったり

出産後の身体の変化は予想以上。

出産した後も、母さんは身体も心も日々いっぱいいっぱいなのだ…。



『出産=ハッピー』

そんなイメージをしていたけれど

私はそのイメージに実は押しつぶされそうになっていた気がする…

(里帰り出産で屋久島を出発する前に、お父ちゃんとお腹のがっちゃんと島一周。

屋久島のエネルギーをたくさんもらって東京へ。)

なんとも今回は

だいぶネガティブな言葉からのスタートになってしまったけど

出産で体験した素直な私の気持ち。


「不安が大きくて妊娠を心からたのしめない…。」

「お腹の中に命がるということに身体と心がついていかない…。」

「なぜ?私はハッピーじゃない…?」

妊娠中そんなことを感じていた。

友だちも、ネットも「しあわせ記」しか教えてくれないけど

「私だけ?」「私だけじゃない…?」

あの時そんなことを知りたかったからこそ、今回はちょっとネガティブな気持ちも素直に伝えたいと思う。

女性に生まれて

結婚して出産することは

小学校→中学校→高校と進学していくように

「みんながするもんだー!」と思っていた脳天気レベルな私。

なかなかその時が来なかったけど

「まぁ。いつか来るだろ…」となんとなく思っていた。

けれど、あまりにもこないもんだから

「もしかしたら、このままこない?」そう思い始めてた頃…

急なタイミングでやってきた!

40歳…!!!

のんきすぎた私はだいぶ遅めだった…。


「おめでとうございます!」

と助産師さんに声をかけてもらった瞬間は

今でも鮮明に覚えている!!

「私もお母さん…?!!!」

まさかの信じられない気持ちと

その時が来たという喜び

でもこれから起こる身体の変化や心の変化は想像できていなかった…。



人生の経験は少しばかり多くしていたけれど出産ははじめて

わからないことばかり

屋久島には情報も少ない

頼りになるのはネット

高齢だからこそなのか身体の変化についていけない

本当に大きくなるのか

お腹の赤ちゃんは今はどんな状態なのか

実際にやってきた妊娠生活は

毎日不安との戦いだった。


『出産には一人一人の物語がある』


よく聞くけれどピン!とはきてなかった。

どんな出産があるのだろう…と初めていろいろ調べた。

特に屋久島にはいろんな形で自分たちにあった出産を迎えている人がたくさんいた。

「家族だけで自宅出産した友人」

「海で出産したという知人」

赤ちゃんの生命力を最大限に感じながら出産したという話をたくさん聞いた。


「こんな出産できたらいいな…」

私もそんなことを少しばかり考えたけど


最終的に私が選んだのは

『普通の出産』

何をとって普通というのか…というのはあるが

特に産み方に希望もなく

あるとすれば

ただただ安全に

お腹の中の子を守りたかった。


きっと

若い時に産んでいたら

また違う感覚があったのかもしれないけど

縁あって私は高齢での出産となった。


人生重ねていくうちに

たくさんの出産秘話も聞き

目の当たりにし

選んだのは

『命を守る出産』

私は命がけで産んだ

素晴らしい女性をしっているからだと思う。


当時私は幼稚園で年少さん(3歳児)の担任をしていた

しっかり者の女の子

妹が生まれるとたのしみにたのしみに待っていた。

そして

赤ちゃんは元気に生まれてきた。

けれど

出産後お母さんは倒れ

数日後亡くなってしまった…。


命をかけて我が子を産んだ。


ブログにこのことを書くかも悩んだが

確かに命をかけて我が子を守ったお母さんの生き様を

私は絶対に忘れないし

今も時々思い出す。


私は教えてもらったのだ

子どもが生まれてくることは当たり前ではなくて

本当に奇跡の積み重ねであることを…。

我が子をこの手に抱けることが

どんなに尊いことなのかを…。

屋久島には総合病院がある。

産婦人科もある。

毎回の検診はそこで診てもらっていた。

我が家から病院まで車で3分もかからない。

陣痛の時を考えると立地的には最高だ!

でもやっぱり気になったのが

『もしもの時』


「もし何かあったらどうなるのですか?」

私は先生に聞いてみた。

「ここには小さな赤ちゃんを見れる体制が整ってないから、ドクターヘリでの搬送になるね。夜間などの場合は自衛隊の要請になることもある。」


私の1番の願いにとてもかけ離れていた…


島暮らしをして感じた医療体制の気薄さ。

東京に住んでいた頃は、病院を選べた。

気になればすぐに専門医に行くことができた。

救急でも見てもらえるとところはたくさんあった。

それがどんなに恵まれていることなのか。

屋久島には選べるほど病院はない…。

「ドクターヘリ」ドラマの世界のようなことが本当に身近にあるのだ。


屋久島で生を受けたがっちゃんを

屋久島で産みたい気持ちもあった…

せっかくなのに…と考える人もいるだろう。

でも私は

もしもの時の医療体制が安心できる

実家のある東京で出産することにした。

『命を守る出産』

それが私が悩んで決めた出産だった。

(不安症には最高に心強かったお守りたち。たくさんの祈りをありがとう。)


私は1ヶ月前から

母がいる兄家族のもとへ帰省し

久々の大家族を満喫した!!


何より

久しぶりの友だちとの再会に明け暮れていた!!


都会をだいぶ歩き回ったおかげか

予定日より10日も早い大晦日。

父ちゃんが屋久島からようやく到着した次の日。

その時は突然やってきた!!!

ちょうど検診の日になっていて

病院の予約をしていた。

朝起きたら

「これがおしるしなの?!」という出血があった。

とりあえず父ちゃんと病院へ行くと

「このまま入院しましょー♬」

「今日生まれるかもねー!大晦日っ!」

助産師さんのなんとも陽気な感じに

一瞬たのしさがあふれてきたけど

そんなのはほんのわずか…

あっという間に痛みが激しくなり

それどころではなくなった…


「好きな体勢でいいよ!」

と言われたが

まったく動けない…

「どーでもいいから楽な体勢を教えてくれーーーー!」

って感じだった。

痛みで何度も吐いた…

父ちゃんはただひたすらマッサージしてくれた。


コロナはまだ世に出ていない頃だったが、インフルエンザが流行しているということで付き添いは旦那さんのみとされていた。

けれど、私の母は真っ先に病院にきた。 妊娠してから不安そうな言葉を一度も聞いていなかったが、実は高齢だったことをとても心配していた母。娘と孫の「もしも」に備えて待機していた。

びっくりするくらいオエオエ吐きながら

ベットの柵をただ必死に握り締め

多分、廊下に響き渡るくらい「痛ーーーーーい!!!!!」と叫びながら

いつまで続くかわからない次の陣痛に恐怖を感じながら


病院について7時間後に無事に出産した…

(生まれてすぐのがっちゃん。ようこそお父ちゃんとお母ちゃんのところへ☆)



陣痛を3日耐えたという話も聞くくらいだから 多分、だいぶ安産。 でもきっと、これが私の限界。

そして、私の出産はこのタイミング、東京でしかなかったと思う。

なぜなら

がっちゃんの出産は

私と父ちゃんと助産師さん、なんならがっちゃんの出てこようとする力、おばあちゃんの祈りも合わさったからこそだと感じたからだ。

元を正せば

父ちゃんが来たタイミングを選んだがっちゃんの力も大きい。

生むことは母しかできないかもしれない。

でも生むのは1人ではなかった!!



妊婦期は不安症になってしまっていた私を

我が子が無事に産まれるまで心のサポートしてくれたお父ちゃん。

陣痛パニックになっている私を

ただひたすらマッサージし続けてくれたお父ちゃん。


いきむタイミングに合わせて

たぶん?絶対?

がっちゃんの身体をうまく回転させながら

がっちゃんがでてくる手伝いをしてくれた助産師さん。


がっちゃんのたくましさを見ると

きっと生まれてくる時も自力で出てきたな!と思ってしまう我が子。笑笑



私の『命を守る出産』は

みんなでがっちゃんをこの世に迎え入れた出産だった!


人に惚れるような華やかさはないけれど

それでも

無事に産まれてきてくれたことに

無事にあなたを抱きしめられたことに

私の人生の中で一番に輝いた瞬間に


ただひたすら感謝している。


きっと

どんな出産を選んだとしても

それが母と我が子の大切な出産ヒストリー。

命が育まれ

共に過ごした

かけがえのない物語。


不安もしあわせもすべてひっくるめての妊娠と出産。


そして。

今日もとなりでスヤスヤ眠る我が子。

ただただ愛おしい。

ありがとう☆


*がっちゃんと屋久島*

(屋久島の子育て)

がっちゃんの同級生たちと田んぼを始めたよーー!

(山と海が一望できる屋久島の田んぼ☆景色最高です!)

毎日の散歩は近くの海まで☆

歩いて5分。ありがたい!

(毎日の散歩コース。長い一本道を抜けると現れる海。秘密基地感満載です!!)

(屋久島の海は砂浜よりゴツゴツ岩場が多い。歩けるようになって6ヶ月!あっという間に岩も登れるようになったよ!いつの時も、あそびが子どもを成長させてくれるね。)

(屋久島の名物「かからんだんご」 よもぎの新芽を使ったお団子をかからんの葉で包んで蒸す。がっちゃんもかからんの葉を採るお手伝い。)

(毎日、毎日、野いちご探し。葉っぱに隠れたいちごも自分で探せるようになったよ!

ついにこんなにでっかいのみーつけた!!!)



そして。ついに!!!

がっちゃん 1歳3ヶ月ではじめて島を出る。

鹿児島上陸ーーっ!!!

「ば!ば!ば!!」いっぱいのバスに大興奮!!!

動物園に水族館…はじめてだらけだったけど…1番気に入ったのはエスカレーター!

屋久島にはないもんねーーー。笑笑

(念願のぞうとのご対!!!意外とあっさり…このために来たんだけどな。笑)


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